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忘れられないCM、ある?

忘れられないCM、ある?

サバンナー♪アールエーックスセブンー♪〜♪

40代後半以上なら見たことがあるはず?





Category:- | suzukiant | 23:32 | comments(0) | - | pookmark |

納車

昨日レジアスエースを納車

ワイドボディのせいかやはり重い…分かってはいたが

今までのハイエースは板金屋の代車として買われて行った。



Category:- | suzukiant | 06:11 | comments(0) | - | pookmark |

NEWマシン納車日

今日は注文していたレジアスエースワイドボディの納車日だ

今まで乗っていたハイエースのかたずけもほぼ終わっており、あと一部パーツを外すだけだ。

今日の午後には車を入れ替え、用意しておいたパーツをレジアスに設置する段取りだ

Wモニター、ドライブレコーダー、LEDバックランプ等

納車まであと4時間、ハイエースの最後の洗車でもするか…


Category:- | suzukiant | 09:05 | comments(0) | - | pookmark |

ダメなHONDA

F1復帰3年目のホンダ

いい加減にしろと言いたい程のダメ振りでマクラーレンの株主も大激怒

勿論世界中からバッシングの嵐、日本のファンからも不満続出

ホンダの古い考え方や体制が最大の原因だ

俺がホンダの総監督になったほうがホンダエンジンを強く出来るよパンチ

以下F-1Gate.comから

マクラーレンの株主であるマンスール・オジェが、ホンダへの不満を爆発。“このような状況を続けていくわけにはいかない”として異なるシナリオを考えていることを示唆した。

「失望は巨大だ。ホンダに対してはなおさらだ」とマンスール・オジェは Auto Hebdo にコメント。

「我々は多くのことを約束されていた。ほとんど結果が出ていないことにまず我々が失望している」

「ホンダは彼の過失を認めたが、それによって我々の顔色が良くなるわけではない」

プレシーズンテスト以降、マクラーレンはホンダを切って、メルセデスのパワーユニットに載せ替えるとの噂が絶えない。

「我々は異なるシナリオに取り組んでいるが、今はまだ言えない」とマンスール・オジェはコメント。

「我々は多くの時間とエネルギーを費やし、解決策を見つけるための話し合いを持っている。早急にだ。我々には勝利する文化がある。そして、これを続けていくわけにはいかない」

マンスール・オジェは、フェルナンド・アロンソが今年のインディ500に続き、来季はル・マン24時間レースに挑戦するのではないかとの報道について「フェルナンドは素晴らしいドライバーだ。彼はこの2年間は苦しんできた」とコメント。

「彼は3度目のF1タイトル獲得を望んでいる。私は彼に『インディアナポリスへ行くなんてどうかしている』と言ったよ。だが、ファン・パブロ・モントーヤと話をしたら、彼は心配するなと言っていた。彼なら簡単に適応できるだろうとね」

「フェルナンドはル・マンで勝利することも望んでいる。個人としての立場で言えば、マクラーレンにル・マンに復帰して欲しいと思っている。だが、フェルナンドが望んでいるのはLMP1への出走だ」



Category:- | suzukiant | 05:00 | comments(0) | - | pookmark |

高額になってしまったポテトチップ

ジャガイモ不足でポテトチップスが品薄

ヤフオクでポテトチップス20袋で15000円とかありえねーものを見てしまった。

しかも入札あり

たかがポテチなのだが欲しい人から見ればお宝かぁ〜


Category:- | suzukiant | 19:05 | comments(0) | - | pookmark |

民進党、17歳の高校生にバカにされてしまう

You Tube 日本政治の底力から




Category:- | suzukiant | 05:15 | comments(0) | - | pookmark |

4/1

100憶貰った。

Category:- | suzukiant | 07:20 | comments(0) | - | pookmark |

来月末からNEWマシン

2/19に注文した200系厳織譽献▲好─璽S-GLワイドボディ特別仕様ダークプライムブラックパール(メタリックの紺色)

金額は納車費用込で373万、1ナンバー車の中型扱い

車検は3年目から毎年車検になるが、1ナンバーは圧倒的に税金が安く、同じ車の3ナンバー車の年間税金よりも1ナンバーの方が車検代と税金を足しても3ナンバーより安い。が、高速代は普通車よりも多少高くなるのが(ノД`)・゜・。

俺は毎日高速に乗るので(首都高+接続高速道)現行より毎月1万位は余分に掛かる事になり年間12万負担増

結果3ナンバーのワゴンにした方が良かったのか…

本当はスーパーロングのグランドキャビンが欲しかったのだが、購入はネッツ店。グランドキャビンの扱い無し。

先々昂燭出るだろうからその時はスーパーロングを購入出来たら…デザインが悪かったらNGだが。

さて置き納期は二か月と言われ早一か月

現在パーツ購入のオンパレード中

今現在乗っている一型の200系ハイエースも8年も乗って来た
20091102081142.jpg
もうすぐお別れだぜ

購入車 色は左の標準ボディ、車両は右のワイドボディ



Category:- | suzukiant | 21:48 | comments(0) | - | pookmark |

人間F1&WRC

面白い動画を発見!




Category:- | suzukiant | 04:44 | comments(0) | - | pookmark |

ホームシックでニューヨークからロシアまで歩いて帰ろうとした女性

実家のある故郷から離れた場所で暮らしていると、環境の違いに悩んだり周りの人間とソリが合わなかったりして、ホームシックにかかることがあります。ホームシックになってしまい最終的に故郷に戻る決断をする人はたくさんいるのですが、ロシアからアメリカのニューヨークに移住してきた1人の女性は、交通費がないためにアラスカ付近まで歩き、そこからボートでロシアに渡って帰ろうとしました。

Lillian Alling, the Woman So Homesick She Walked From New York to Alaska | Mental Floss
http://mentalfloss.com/article/91243/lillian-alling-woman-so-homesick-she-walked-new-york-alaska

Lillian Alling - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Lillian_Alling

ニューヨークから故郷のロシアまで徒歩で帰ろうとした女性、リリアン・アリングさんがニューヨークにやって来たのは1925年のこと。アリングさんがアメリカに移住してきた理由は明らかになっていません。当時25歳だったアリングさんは、内向的な性格が影響したのか、ニューヨークで孤独を感じ周りの人が外国人を見下すエリート主義に見えていたそうです。

アリングさんの旅が始まった時期は詳しくわかっていませんが、1926年の末から1927年初頭の時期にニューヨークを出発。まず五大湖の1つ・エリー湖の東端に位置するニューヨーク州バッファローまで移動。ここまでが約560km。


バッファローからはいったんカナダを通ってエリー湖の北側を抜けてシカゴへ。ここが約820km。


そしてシカゴからはミネアポリスを経由して、再びカナダに入りウィニペグへ向かいました。この間は約1370km。


ボロボロの服を着て男性用の靴を履き、手には護身用の鉄パイプを持つ、という姿は異様なもので、アリングさんのことを心配して声をかける人もいましたが、聞かれるたびにアリングさんは「シベリアに行くんです」と答えていたそうです。

次にアリングさんの目撃情報があるのが、ブリティッシュ・コロンビア州のアッシュクロフトという町。ウィニペグからは約2140km離れています。目撃された時期は「1927年」なので、アリングさんは遅くとも1年で北米大陸を横断したようです。


アッシュクロフトはブリティッシュ・コロンビア州をアトリンまで縦断し、さらにユーコン準州のドーソンを経てアラスカ州まで1600kmある「ユーコン・テレグラフ・トレイル(Yukon Telegraph Trail)」と呼ばれるルートの入口でした。

「Wires in the Wilderness: The Story of the Yukon Telegraph」(著:ビル・ミラー)という本には、このトレイルルートの図版が掲載されています。左上にアラスカ州(アメリカ)とユーコン準州(カナダ)の国境があり、その国境沿いのイーグル(Eagle)という町からくねくね曲がった道が右下のアッシュクロフト(Achcroft)まで続いています。


「テレグラフ・トレイル」という名前の通り、通信施設に沿ったトレイルルートだったので、アリングさんは30km〜50kmごとに設けられていた通信施設の作業員向けの小屋を宿にしていました。アリングさんの存在は作業員の間に知れ渡り、通信会社にもその情報が入りました。

会社から連絡を受けた警官のJ.A.ワイマンさんは、ロシアまで行くことは現実的ではなく、安全面から考えてもやめさせたほうがいいと考えて、アリングさんを放浪の罪で逮捕。裁判の末、アリングさんはバンクーバーの刑務所に入れられることになりました。このときワイマンさんが、アリングさんの精神状態よりも、刑務所に入れられることで体力を取り戻し再び歩き始めるのではないかと心配するほどに、アリングさんの「ロシアへ帰る」という意志は硬かったそうです。

アリングさんは1928年の夏に出所し、ワイマンさんの心配した通り再び徒歩で歩き始めます。この頃には新聞などでアリングさんのことは話題になっており、通過予定だった街の人たちはアリングさんが来るのを楽しみにしていたとのこと。また、地元の人の中にはアリングさんに徒歩ではなくヒッチハイクで行くことを提案しましたが、アリングさんは断ってたという話も残っています。

裁判官にもアリングさんを止めることはできず、「ユーコン・テレグラフ・トレイル」に沿った小屋を使って休むことを約束させるのが精一杯でした。こうして1928年春に釈放されたアリングさんは、再びトレイルルートを利用して北上。道中、アリングさんは裁判官との約束を守って、作業員たちから温かいごはんや着替え、旅のお供としての犬などを受け取ったそうです。


最終的に、ユーコン準州の中でもかなりアラスカに近い町・ドーソンにたどり着きました。ドーソンでは多くの人がアリングさんの到着を待ちわびるような状態だったそうです。なお、バンクーバーからドーソンまでの距離はおよそ3000kmほど。Googleマップのルート検索では「テレグラフ・クリーク」や「アトリン」などを経由するトレイルそのもののルートは検索で出すことができませんでした。


ドーソンに着いたアリングさんはレストランでウェイトレスとして働いてお金を貯め、中古のボートを購入。ボートを自分で修理し、暖かくなってくると、ユーコン川からアラスカに向かって旅立っていったたとのこと。アリングさんの足跡は、アラスカ州西海岸の町・ノームまでは確認されています。


その後、1929年にベーリング海峡の沿岸でアリングさんのボートが見つかっていますが、アリングさんが無事故郷へ帰れたのか、それとも別の結末を迎えたのかは、はっきりとはわかっていません。

ただ、1972年にアリングさんの旅のことをTrue West Magazineに書いたフランシス・ディッキー氏は、直後に読者のアーサー・エルモア氏から興味深い便りを受け取っています。便りは、エルモア氏が1965年ごろにヤクーツクを訪れたときに偶然再会したという友人の話についてでした。1930年にベーリング海に面した町・プロヴィデニヤに住んでいたというこの友人はエルモア氏に、当時、ベーリング海峡の海岸沿いでボロボロの衣類を着た女性が見つかったという話をしました。この不審な女性を当局の人間が取り調べたところ、女性は「アメリカで異端者として扱われたので家へ帰るための旅をした、ものすごい距離を歩いたけれど、とうとうやり遂げた」と語ったそうです。

この女性がその後どうなったのかは不明で、そもそもこの女性がアリングさんであるという証拠もないのですが、数々の困難を乗り越えてニューヨークからついにベーリング海峡にたどり着いたアリングさんであれば、ベーリング海峡を越えて本土のプロヴィデニヤにたどり着いていたとしてもなんら不思議はない気がします。

ちなみに、アリングさんの旅路のうち、ニューヨークからユーコン準州のドーソンまではおよそ7450km。休みなしで1525時間(63日強)かかります
記事Gigazine
リンク元 http://gigazine.net/news/20170205-lillian-aling-walk-new-york-alaska/

Category:- | suzukiant | 13:18 | comments(0) | - | pookmark |